2014年4月8日に当院で初めてハイブリッド手術室をオープンし、第1例目として腹部ステントグラフト内挿術を経験した。その後8か月の間に134例の治療をハイブリッド手術室で行った。
科別の内訳は心臓血管外科74例(55%)、循環器36例、麻酔科14例、外科6例、脳外科4例であった。ハイブリッド手術室とは手術台と心血管、Ⅹ線撮影装置を組み合わせたもので、全身(局所)麻酔をかけて、外科手術と血管内治療を、同時に清潔野で安全に正確にできるメリットがあり、外科手術および血管内治療の合併症に対するリスクの軽減に役立つ。具体的には外科的に小切開し血管を露出し、そこからアクセスして低侵襲治療(血管内治療)を行うことができる。
当科では主に胸部および腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術が45例と一番多く、次いで閉塞性動脈硬化症に対するバイパス手術12例、急性動脈閉塞に対する緊急血栓除去術8例、腹部大動脈瘤に対する開腹手術5例、開心術3例であった。
循環器は35例、主にペースメーカー埋め込みや埋め込み型除細動器移植術をハイブリッド手術室で行っている。
今後もハイブリッド手術室を利用し、循環器、麻酔科と外科、内科の垣根を越えて協力し、さらに、安全で低侵襲な治療を行っていく所存である。
特にCABG(冠動脈バイパス術)では、年齢に関わらず
1.回復が早い
2.術前合併症を悪化させない
3.低コスト:人工心肺を使用したCABGの2/3程度のコスト
という利点により人工心肺を使用しないで行う冠動脈バイパス術(off-pump CABG)を低侵襲と位置付け、グラフトには少なくとも内胸動脈を含む動脈グラフトを有効にすることを基本とし、胸骨正中切開に手術を行っております。
新しい治療であるステントグラフト内挿術も積極的に行っております。ステントグラフト内挿術は、2006年7月に我が国で企業製造腹部ステントグラフトが認可され、その後2008年7月には胸部ステントグラフトも認可されました。これまでの通常の開腹・開胸手術に比べて手術のあとに残るキズが小さい、術後の痛みが軽い、部分体外循環、大動脈遮断を必要としない、手術後の回復が早いなど大きなメリットがあります。さらに、術後早期より積極的リハビリを行うことで早期退院を行っております。ステントグラフト内挿術(後ろのページ参照)
従来の心臓手術は胸骨を二つに切って人工心肺装置を装着し心臓を止めて行うが、胸骨を切開せずに肋骨と肋骨の間から特殊な器具を使って心臓にアプローチするようにした手術がMICSです。これまでの手術に比べ切る範囲が狭いため傷が小さく、美容上もよい手術法といえます。MICSでは、片方の肺の空気を抜いて肺を潰す「片肺換気」という状態で手術を行います。そのため、肺機能が悪く、片方の肺だけでは手術に耐えられないと判断された方は、基本的にMICSの適応にはなりません。
- MICSのメリット
胸骨切開の必要がなく、縦隔炎がほとんど起こらない
胸骨正中切開では胸骨を大きく切開するため、細菌などが胸骨に感染することによる縦隔炎の発症リスクがあります。しかし、MICSでは胸骨を切る必要がないため、縦隔炎を発症するリスクは極めて低いといえます。術後に縦隔炎を発症すると、その治療のために入院期間が長くなってしまうこともあるため、胸骨を切らずに心臓手術ができる点はMICSの大きなメリットです。
術後の回復が早い
MICSは胸骨正中切開に比べて、術後の回復が早いというメリットもあります。そのため、入院期間も短縮でき、胸骨正中切開よりも1週間ほど早く退院される方がほとんどです。
傷口が目立たない
胸骨正中切開では胸の真ん中を15cmほど大きく切開するのに対し、MICS(僧帽弁形成術の場合)では8cmほどの小さな傷で手術を行うことができます。そのため、術後に残る傷跡も小さくて済みます。
- MICS手術のデメリット視野が限られる
これは医師側のデメリットですが、MICSは小さな傷口から手術を行うため、目視で確認できる範囲がどうしても限られてしまいます。そのため、胸骨正中切開よりも手術の難易度が高くなり、その分手術時間も長くなる場合があります。また、術中にみえにくい場所から出血が起こると、止血が非常に難しくなることもあります。このように、術中の視野が限られることで、胸骨正中切開よりも手術に伴うリスクが高くなる可能性があります。逆に普段直視下で見えないところが鏡視下ではっきり見える利点もあります。
痛みを強く感じることがある
胸骨正中切開は神経があまりない部分を切開するため、傷の大きさの割に強い痛みを訴える患者さんは多くありません。しかし、MICS手術では肋間(ろっかん)神経のある肋骨の間を切開するため、術後に痛みを感じる方が多いです。そのため、手術中に「肋間神経ブロック」という麻酔を行うことで、術後に生じる痛みを緩和します。
心臓手術を行ううえでは、安全性と確実性の高い手術を行うことが何よりも重要です。患者さんの状態(大腿動脈の性状など)によってはMICSを行うことで、大きなリスクを伴うと予想される場合があります。このような場合には、MICSに固執するのではなく、たとえ手術創が大きくなったとしても、確実性の高い胸骨正中切開で手術を行います。以上最近当科で行っている低侵襲手術について報告しました。
胸部大動脈瘤に対する再手術は癒着剥離に伴う出血や周囲臓器損傷の危険も高く、侵襲度は高い。それに対し、ステントグラフト内挿術(SG)は再開胸の必要がなく、人工心肺を使用せず、大動脈遮断も必要なく、低侵襲である。今回、胸部大動脈瘤の再手術症例をSGで治療し良好な結果が得られたので報告する。
症例1は53歳、男性.で、 2005年に急性大動脈解離(IIIa)で下行置換術施行.。 術後9年目で末梢のリエントリー部位の限局解離である。
症例2は55歳、男性で、 2007年に急性大動脈解離(IIIb)で下行置換術施行。術後7年目で最大径7㎝の末梢の吻合部瘤である。
症例1の術前CT |
症例2の術前CT |
ともにハイブリッド手術室で全身麻酔、大腿動脈経路でSG内挿術を行った。使用したSGのサイズは26mm径、15cm長であった。手術時間平均65分、出血量平均200mlであった。手術室で麻酔を覚まし、脳梗塞、対麻痺の合併症なくICUに帰室した。
症例1の術後CT |
症例2の術後CT |
ともに術後は良好に経過し、術後のCTでもSGのリークもなく1週間の入院で退院した。
胸部SGの利点として
- 開胸手術を必要としない。再手術の癒着剥離にともなう出血、臓器損傷がない。
- 部分体外循環の補助循環を必要としない。
- 大動脈遮断を必要としない。
- 結果として病院死亡が低く、入院期間が短い。
ただし、企業ステントの適応は下行大動脈の真性瘤のみが適応で、大動脈解離(偽腔開存型)は使用適応外である。今後は慢性B型解離のエントリー閉鎖、IIIa型やULPの限局解離に対して積極的に胸部SG内挿を行う予定である。
血管内治療(腹部大動脈ステントグラフト内挿術;EVAR、胸部大動脈ステント内挿術;TEVAR)を積極的に取り入れて、外科手術困難症例や複数の病気を持った患者さんにできるだけ負担をかけないで根治を目指したので報告する。まず1例目は炎症性腹部大動脈瘤(IAAA)に対するEVARの1例である。
IAAAは比較的希な疾患で手術は周囲臓器の癒着が強く、癒着剥離に伴う出血、周囲臓器の損傷が手術を困難にしている。患者は80歳、男性、主訴は食欲不振と倦怠感で、血液検査でCRPが14mg/dlと高く、CTにて(図1)壁肥厚、石灰化と解離を伴った最大径4.8cmのAAAを認めた。入院後発熱はなく、血液培養も陰性で、感染性AAAは否定。PET-CTにて瘤壁に高度の炎症所見を認め、IAAAと診断して、入院2週間目にEVARを施行した。術後1週目のCTでも(図2)リークを認めない。
図1 術前のCT |
図2 EVAR術後のCT |
2例目は、胸部大動脈を合併した急性心筋梗塞に対する緊急冠動脈バイパス術とTEVARの2期的手術である。患者は81歳、男性、まず冠動脈バイパス術を緊急で行い(図3)、その1.5か月目にTEVARと左腸骨動脈閉塞症に対して両側大腿動脈間バイパス術を行った。これを開胸手術のみで同時に行うと手術時 間は長時間を要し、出血と感染のリスクが増す。術後1週目のCT(図4)ではステントグラフトと下肢のバイパスグラフトの良好な開存を示す。
図3 冠動脈バイパス術後のCT |
図4 TEVAR+F-Fバイパス術後のCT |
最後に、胸部下行大動脈瘤と腹部大動脈瘤(図5)に対するTEVAR、EVARの同時手術である。患者は75歳、男性で、胸とお腹を同時に開けるのは患者さんにとって過大な侵襲であり、術後の回復には長期の時間とリハビリを要する。それに対してTEVARとEVARの同時手術は両鼠径を2cm切開し動脈を露出するだけの創で手術の時間も数時間で終了する。術後のCT(図6)でも両ステントグラフトは良好に開存している。
図5 術前のCT |
図6 TEVAR+EVAR術後のCT |
最近の傾向として開胸、開腹手術より低侵襲が売りの血管内治療が流行になっているが、手術には短所(侵襲や創が大きい)と長所(1回で治癒)があり、血管内治療にも同様に短所(リークや対麻痺)と長所(侵襲や創が小さい)がある。どちらか一方のみに固執して治療を行うと弊害も出てくるが、両者の長所を最大限に生かしそれを組み合わせることにより患者さんにとって最善の治療を選択することができる。今回は手術困難症例に対するEVAR、逆にEVARできない症例に対する手術もあるわけだが、で根治が達成できまた、開心術と胸部大動脈瘤の手術を2期的にTEVARを組み合わせたり、多発性動脈瘤に対するTEVARとEVARの一期的手術など手術とステントグラフトとの併用は有効な治療法としてますます需要が増えると思われた。
術式 | R2 | R3 | 術式 | R2 | R3 |
組織試験採取(心筋) | 1 | 0 | 腹部 | 25 | 28 |
中心静脈カテーテル挿入 | 2 | 3 | 腸骨 | 10 | 3 |
末梢留置型中心静脈注射用カテーテル挿入 | 0 | 1 | 血管損傷の場合 | 0 | 2 |
カフ型緊急用ブラッドアクセスカテーテル挿入 | 3 | 1 | 心室中隔欠損閉鎖術 | 1 | 1 |
創傷処理筋肉・臓器に達する | 5 | 1 | 肺静脈隔離術 | 0 | 4 |
創傷処理筋肉・臓器に達しない | 1 | 2 | 不整脈手術(副電導路切断術) | 0 | 1 |
皮膚切開 | 0 | 3 | 不整脈手術(メイズ) | 2 | 2 |
デブリードマン | 0 | 1 | 不整脈手術(左心耳閉鎖術) | 12 | 6 |
骨内異物除去術 | 0 | 1 | 体外ペースメーキング | 12 | 1 |
試験開胸術 | 4 | 6 | 大動脈バルーンパンピング法 | 2 | 8 |
胸腺摘出術 | 0 | 1 | 人工心肺(初日) | 36 | 46 |
胸腔鏡下試験切除術 | 1 | 0 | 経皮的心肺補助法 | 3 | 7 |
胸腔鏡下膿胸腔掻爬術 | 2 | 0 | 補助人工心臓 | 0 | 1 |
胸腔鏡下拡大胸腺摘出術 | 1 | 0 | 血管結紮術 | 1 | 5 |
胸腔鏡下肺切除術 | 7 | 8 | 血管縫合術 | 5 | 3 |
胸腔鏡下肺縫縮術 | 1 | 1 | 内シャント血栓除去術 | 2 | 3 |
肺悪性腫瘍手術(部分切除) | 0 | 2 | 動脈血栓内膜摘出術 | 3 | 1 |
胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術 | 23 | 13 | 動脈形成術、吻合術 | 3 | 10 |
気管支瘻閉鎖術 | 0 | 1 | 血管移植術 | 1 | 1 |
心筋縫合止血術(外傷性) | 1 | 0 | 内シャント設置術 | 12 | 0 |
胸腔鏡下心膜開窓術 | 0 | 5 | 末梢動静脈瘻増設術 | 29 | 48 |
縦隔腫瘍摘出術 | 1 | 0 | バイパス移植術 | 26 | 33 |
胸腔鏡下縦隔悪性腫瘍手術 | 1 | 0 | 経皮的大動脈遮断術 | 0 | 1 |
試験開心術 | 1 | 0 | 血管塞栓術 | 10 | 7 |
心膜切開術 | 0 | 1 | 経皮的シャント拡張術・血栓除去術 | 7 | 14 |
心腫瘍摘出術 | 2 | 0 | 経皮的シャント血栓除去術 | 2 | 0 |
冠動脈形成術(血栓内膜摘除) | 1 | 0 | 四肢の血管拡張術・血栓除去術 | 17 | 27 |
冠動脈バイパス移植術(人工心肺なし) | 10 | 12 | 下肢静脈瘤手術(抜去切除術) | 0 | 1 |
冠動脈バイパス移植術(人工心肺あり) | 5 | 5 | 下肢静脈瘤手術(硬化療法) | 7 | 1 |
左室自由壁破裂修復術 | 1 | 3 | 下肢静脈瘤手術(高位結紮術) | 0 | 3 |
弁形成術 | 2 | 8 | 下肢静脈瘤血管内焼灼術 | 39 | 20 |
胸腔鏡下弁形成術 | 0 | 1 | 下肢静脈瘤血管内塞栓術 | 0 | 18 |
弁置換術 | 12 | 21 | 中心静脈注射用植込型カテーテル設置 | 0 | 2 |
弁輪拡大術を伴う大動脈弁置換術 | 1 | 1 | 静脈血栓摘出術 | 0 | 1 |
大動脈瘤切除術 | 13 | 13 | 試験開腹術 | 0 | 1 |
オープン型ステントグラフト内挿術 | 9 | 10 | 静脈形成術 | 1 | 0 |
ステントグラフト内挿入術 胸部 | 18 | 19 | 術中術後自己血回収術 | 43 | 44 |
計 | 444 | 498 |
★マークは女性医師です
職名 | 副院長・医療安全推進室長・循環器センター長 |
出身大学 | 札幌医科大学大学院(昭和62年卒) |
主な経歴 | 札幌理学診療科病院 |
専門分野 | 心臓血管外科 |
所属学会 | 心臓血管外科専門医・修練指導医 |
職名 | 部長 |
出身大学 | 札幌医科大学(平成12年卒) |
主な経歴 | 札幌医科大学付属病院 |
専門分野 | 心臓血管外科 |
所属学会 | 日本胸部外科学会 |
職名 | 医員 |
出身大学 | 札幌医科大学(平成29年卒) |
主な経歴 | 北海道立北見病院 |
専門分野 | 心臓血管外科 |
所属学会 | 日本胸部外科学会 |
職名 | 医員 |
出身大学 | 札幌医科大学(令和4年卒) |
主な経歴 | 砂川市立病院 |